占い屋◎雪の石

タロット&西洋占星術をしております。 日々の中でほろっと出てくることなどを書き留めてみようかと思います。

今月の石

今日こそ本題です。

昨日の前置きは、懺悔すれば許される、他人は投影してるだけの自分なんだから愛してしまえ、みたいなことって「初めの一歩」を踏み出すための方便みたいなものだってことです。

それは翻弄されてグチャグチャになってる人が「我に返る」ためのテクニックで、そこに留まるのではなく、そこからようやく始められる、ということなんですよね。

イエスが活動していた時代は、皇帝に支配され、選民思想な宗教がはびこっていて、下層階級の人たちは本当にみじめに暮らすしかなかったのだと思います。モーゼが救ったとされるユダヤの皆さんも、当時のエジプトにおいては奴隷階級で、それってようするに「神によって打ち捨てられた民」だったのではないでしょうか。

でもモーゼやイエスが知り得た「神」は、そんなふうに人社会の階級で民をえこひいきしたりしない存在だったのでしょう。「万人を愛し、万人を平等に扱う」というのが神の本質だったはずですが、そういう「万人・平等」みたいな思想では、劣等感とみじめさにノックアウトされまくっていた人民には効き目がなかった。

だから「ユダヤの民こそ、神に選ばれ認められた人間なのだ」と選民に仕立てあげなければならなかった。そこまでしなければ「本来のプライド」というものを復活させられなかった、ということなんじゃないかなー、と思います。

って、勝手に思ってるだけなので、まちがっていたらスミマセン。

イエスが関わっていた民も、貧困層が多く、苦しみにあえぐ人たちだったと思います。自力で苦しみから抜けられないほどに「心の基礎体力」が落ちてしまっている人たちで、彼らの心には希望を抱く力さえなかった。だから、イエスが代わりに彼らの星になり、心に力を取り戻すための、わかりやすく且つ即効性のある方法を教えたのだと思います。

「右の頬を打たれたら左も差し出せ」とか「汝の敵を愛せよ」みたいなことも、その本当の意味は「脊髄反射で物事を判断せず、最低もう一回は試してから 自分の頭で 答えを出せ」とか「愛する者を愛でるのと同じくらいの熱意と注意深さを持って敵を知れ、敵の弱点を探り出し、相手に勝てる策を考えろ」とかいうことだったりするんだけど、そんなのは「心の基礎体力」が十分があってこそのレベルなので、生きることだけでヘロヘロになっている者にとっては、言葉通りの意味で充分だったのだと思います。

現代でも「ありがとうを100回唱えたら、性格が変わり、人生も開けた!」みたいな新興宗教がありますが、感謝や愛の感情は非常に心地のいいものなんですよね。そして「ありがとう」という言葉は、ほぼ万人に、感謝とワンセットとして強く刷り込まれているものなので、その言葉を「自分が耳にする」だけで、「感謝の気持ちを感じた時と同じ感覚」が湧いてくるわけです。梅干しで唾液が出るのと同じですね。

心地よい感情で心が満たされると、人は恍惚とする。

その恍惚感の中で生活すれば、人生に対して前向きになれ、失敗を冷静に受け止めることができ、他人からは「感じのいい人」として好かれるわけですから、人生がとても良い状態に変化していくのはわりかし当たり前のことです。



でもさ。

感謝みたいな感情が「恍惚感」のような強烈なものとして存在しなければ機能しないような心って、なんでしょうね。

感謝の念って、ひねり出すものではなく、自然と湧いてくるものです。そして、「生きる」ということは、どんな形であれ、誰か他人のお世話になることなので、他人に対する感謝の気持ちって、毎日普通に感じているもののはずなんですよね。それがごく普通に「必要量」湧いて出ていれば、大騒ぎしてひねり出す必要なんてないんです。

つまり「ありがとうありがとう」が必要な人は、単純に「感謝が足りない」ってことなんです。頑張って唱えまくって恍惚となって、そうしてようやく「普通の人」と同じになれる。そういう程度の低い状態だっていうことなんですよね。

だから、そんなところに留まっていてはいけないのです。

イエスが教えを説いてまわっていたのも、そういう「基礎体力」がなく、「基本的な必要事項」が足りていない状態に人たちだったと思います。だからああいうわりやすくて親切きわまりない教えや言葉が多く記録されているのかな?と思います。

でも、イエスが本当に望んでいたことって、自分自身が奇跡の人や救世主として、みじめさにノックアウトされて力を失っている人たちの「彼らの心の星」になることではなく、彼らが自力で「心の星」を取り戻すことだったんじゃないかなーと思うのです。

人はみな、自分の心に星を抱いているはずなんです。

その光を導(しるべ)にして、前に進む。それが人生を生きるということなんじゃないかなー。

そしてその光は、太陽や月じゃないだけに、わりと簡単に見失いがちなんでしょうね。それで「あれっ?!(滝汗)」となったりする。イエスの教えや「ありがとう教」「他人は自分の鏡教」は、そういう時にちょっとした示唆を与え、目を向けるべき方角を示すもの、というような気がします。



0131b.png

それでね、ようやく2月の石である「スターローズクオーツ」です。

2月って、私的には非常にこう「プライベートな部分を濃密に深める」という作用のある時期で、そういうエネルギーに包まれているからこそのバレンタインデーなのかな?などと思っております。

ホロスコープでの2ハウスも「自分に最も近い部分」をあらわし、それは「肉体」とか「才能」として表現されているんだけど、苦楽を分かち合う親密な関係、という意味では恋人や夫婦というものも含まれるのではないかと思います。

スターが出る石は、ルビーやサファイアなどがありますが、それらは石の表面に強い光を当てることで浮かびあがる形の星です。けれどもローズクオーツの場合は、裏側から光を当てる、「光にかざす」という方法で見ないとはっきり浮かび上がらない感じです。それがこう、
「心の奥に埋まっている、その人だけの大切な星」という感じがして、とても好きなんですよね。

星が出るローズクオーツはマダガスカル産に限られているんですかね。なかなか出会えなかったりもするのですが、今回なんと!星だけでなくレインボーも入っているものが3点ほど入荷しております!非常〜〜に可愛いですよ〜(*^^*)

何度も部屋の灯りにかざしてはニヤニヤ→とりあえず降ろして布で磨く→手の中でレインボーを堪能→もう一度光にかざしてスターを堪能→ニヤニヤ→以下無限ループ。みたいなことを繰り返しておりました。

パーっと浮かび上がるスターを見ていると、イエスが本当に言いたかったこと、イエスの本当の愛、というようなものが表わされているような気がしたりもします。

キリスト教の教えって、初歩的で甘々でご都合主義に思える部分もあったりして、わりとこう斜めから眺めてたりして、イエス自身に対してもあまり良い印象はなかったのですが、イエスの教えって本当は…?ということを考え始めてから、「愛の人」というのは実に彼にふさわしい呼ばれ方なのかもしれないなと思うようになりました。

全然報われてないところがまた健気ですよね。

ってのはまあ、私の勝手な思い込みですけど。案外報われてたりするのかもしれないし、本当に言いたいことや望んでいたことは全く別のことだったりするのかもしれませんが。

今回のスターローズクオーツたちは、とりあえず撮影するのが難しかった(><)です。ライトにかざすと逆行になって、光が膨張してスターがつぶれてしまって写らないので(^^;実際にはもっとくっきりと六条の光が出ております。

それから画像の奥、ちょびっと白っぽいのは、ショップの方で一緒にご紹介予定の「スターミルキークオーツ」です。

ミルキークオーツも星が出るものがたまにあって、スターローズと同じような出方なんですよね。原石が結晶しない(ポイント型にならない)という点でも、ミルキーとローズは仲間なんですけど、星が出るというのも共通点なんですね。どちらも心を柔らかくほぐし、優しさを引き出してくれる石ですね。

人の心というのは、本来そのように柔らかくて優しいものなのかもしれません。性善説とかではないですが、、赤ちゃんを見ていると、心というものの「初期設定」は、ローズクオーツが表すような柔らかなものなのかもしれないなと思います。

そして、だからこそ「その柔らかさ」を守るために強くならなければならない。けれどもそれは、頑なさや強情さで「ガチガチに硬くなる」ことではなく、「しなることのできる弾力」ですよね。それを身につける必要があるのだと思います。

しなることによって曲がっても歪んでも、自分の立ち位置や向かうべき方向を見失わないでいる。そのための「心の星」なのではないでしょうか。心にしっかりと星を抱いている人は、どんなに苦しくても「自分を見失う」ということはないのだと思います。現状がどうであれ、いつか必ず体勢を立て直し、本来の道に戻って歩み始めることができるような気がします。

「自分を愛する」というのは、自分大好き!好きだとかいう「肯定的感情」特有の心地よさに酔うとかではなく、自分の一番大切なもの、失ってはならないものをしっかりと守るということではないでしょうかね。

スターローズの中に浮かぶ星を見ていると、そんなことを思います。

2月という「密月」の中で、愛情の石ローズクオーツに浮かぶ星。パートナーシップの中で、お互いに「自分の星を見失わないための導(しるべ)」となれるといいですよね。そのためにはもちろん、自分の中にしっかりと星を抱いている、というのが前提ですが。

それから、スターローズのビーズ石も入手できまして(*^^*)
ラウンド10mmの方はこれまたくっきりとスターが出る希少なものです!
8mmの方は大きさ的にちょっと無理なようで、光にかざしてもスターは確認できないのですが(><)色合いは趣きが全然違います。マダガスカルのローズは普通のものでも透明感があって美しいですが、星を抱いている厚みみたいなものがあります。不思議ですね。

透明感と繊細さの中に凛とした強さのあるブレスレットが作れそうで、とっても楽しみです(^^)
制作前に石の美しさを皆様にもぜひ!と思っていたのですが、そうこうするうちに雨続きの日々になってしまい、写真撮影ができず…。。すみません。雨は嫌いじゃないんだけど、撮影ができないのが困りものです。

完成次第、ショップの方でご紹介したいと思いますので、どうぞお楽しみに!!

雪の石のショップへはこちらからどうぞ☆





  1. 2009/02/01(日) 08:00:23|
  2. 石のこと|
  3. トラックバック(-)|
  4. コメント(-)

| ホーム |