占い屋◎雪の石

タロット&西洋占星術をしております。 日々の中でほろっと出てくることなどを書き留めてみようかと思います。

2009年の石☆ガーネット

先週末から始まりましたクリスマスセールですが、さっそくのお申し込みなどいただきまして誠にありがとうございます。

今週半ばに新たな追加商品を予定しておりまして、2009年のテーマストーンになっている「ガーネット」で、何点か新作を制作中です。

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画像のものはそのうちの3点でして、左はグリーンガーネットのオーバルを使ったジュエリーブレスと、アルマンディン(黒っぽい赤色のもの)の4mm〜6mmのシンプルブレスです。それぞれ、金具&パーツにゴールド色を使っているので統一感があって、重ねづけしてもいい感じです(^^)ゴージャスですね。もちろん、1本ずつ付けてもシックです。

それから右側、グリーンといえば「グリーンアメジスト」がちょびっとだけ入りまして、少しインクルージョンはあるものの、宝石質な美しい天然石ビーズです(^^)せっかくなので、これまたちょびっとだけ手元に残しておいたスモーキーアメジストと合わせて、キラキラ透明感の美しいブレスレットにしてみました。

淡いスモーキーグリーンとスモーキーパープル。冬の空気を思わせる凛とした清々しさがあって素敵です。



ガーネットは1月の誕生石として有名ですね。やぎ座の石だと思います。

やぎ座って、土のサインですけど、土の中においては「火」ですね。占星術の12サインは4つの元素のそれぞれの「3態」を表した一覧表みたいなもので、各元素は、自分以外の残り3つの他元素を体験することで、変化します。それが、3区分としてあらわされ、活動宮・不動宮・柔軟宮という言い方をされているのだと思います。

まあそれはともかく、やぎ座の「土」は火の要素が強い土だと思いますし、ガーネットもそうですね。土という固形燃料を燃やす火。それは人の心にあてはめると「信念」というものだと思います。

土は、形のあるもの。長く変わらないもの。それを燃料にして燃え続ける意志。その炎は、確固とした思想や根拠をもとにして燃えていて、一過性のものではない。思いつきや一時の感情でヒステリックに火がついて騒いでいるわけではないということです。

「決意」というものは「点」です。

人生において何か大切な決意をしてそれを言動に移す。
その時、他人から見てとれるのはたとえば「会社を辞めます」というような「決意の最終形態」でしかないんですよね。

会社を辞める、ということ。

それ自体は同じでも、そこに至るまでの経緯、どれだけ熟慮して決めたことなのか、というのは人によって違う。つまり、「その決意の深さと固さ」というものは同じではないということです。

そして、この「決意の深さと固さ」というものが、実はとても大切なんですよね。ここがしっかりと定まっていないと、たとえば「会社を辞める」とかだと、その後の道がきちんと定まらない。口ではどんなにたいそうなことを言っていて、「自分の個人的な人生プロセスをまっとうするために辞めた」とか言っていても、その実、「その仕事にまつわる面倒事が嫌になった」みたいな逃げだったりすると、辞めたあとの流れがいつまでたってもビシッと定まらなかったりするのです。

そもそもの発端が「逃げ」から始まっているので、その姿勢がその後もずっと継続されていくだけだからです。

「個人的な人生プロセス」なんて、誰にでもあるんです。そんなものを持ち出してきたところで、それがただの口実にすぎないことは、その後の流れを見れば一目瞭然なので、そういう無駄な取り繕いはやめた方がいいですね。

つまり、確固たる信念に基づいていない行為は、せっかく行動を起こしても、その行動が実にならないんです。その後の人生において、何の礎にもならないまま、無意味に終わる。ようするに「動機」の部分に信念があるものは、その「信念」がその後を導き、動機がただの「その場しのぎ」のものは、その後の人生に関して「導き手」がいないために、フラフラとさまよい、行き場を失うということになるのだと思います。



冥王星やぎ座時代って「信念の時代」なのかもしれませんね。

去年、星コラムに書いた「いて座時代との違い」も、いて座は可能性を模索するサインで、「信念を確立するために旅をする」というような性質です。そのいて座時代のあとにやってくるやぎ座は、当然、いて座が探していたものについて答えが出ていなければならない。やぎ座とは、その「答え」をベースにして作られているサインだからです。

ですから、今後の時代はその「答え」、つまり「信念」というものを持つ人と持たない人の二極化になっていくのでしょうね。

自分の信念を導き手に道を進む者と、さまよう者。

そして、もうこれまでのように、すでに答えを見つけた者が、さまよっている者を助けて、背負ったり手を引いたりしてあげることがなくなっていくのだと思います。みんな自分のことで精いっぱいになっていくと思うし、そもそも、自分のことに真剣に取り組んでいれば、他人のことを必要以上に心配したり手出ししたりするヒマってないんですよ。余裕がなくて当たり前だし、余裕などあってはいけない。そんな余裕があるというのは、まだまだ自分のことを頑張り足りていない証拠だと思います。

ガーネットは「信念」をあらわす石です。

そして「信念」は、自分自身の中にある、自分にしか見つけられない、自分が発した問いに対する「答え」です。

自分は何のために生きるのか。どこを目指し、何を求めているのか。

そういったことの答え。

それは自分の中にしかなくて当然で、誰かに教えてもらうことはできないし、答えの「見つけ方」にマニュアルがあるわけではない。

他の人がそれを見つけた時のやり方、どうなった時に見つかったか、みたいなことは話を聞くことができても、自分がそれをマネしたところでどうにかなるものでもない。

ブッダが悟りを開いた時に菩提樹の木の下に座っていたからといって、他の人が同じ木の下で瞑想したところで何も起きないですよ。ブッダは「その時」にたまたまそこに座っていただけで、菩提樹に悟りを開く作用や成分があるわけではなく、ただの偶然。ブッダがそれまでに歩んできたものと全く同じプロセスを踏まないことにはたどり着けない「ポイント」だからで、大切なのは「そのポイント」ではなく「そこまでのプロセス」だからです。

プロセスに目を向けず、ポイントばかりを追っている人たちは、まあせいぜい頑張って、「ブッダが悟りを開いた瞑想法」を朝晩やり続けることですね。何も起きませんから。彼が悟りを開いたのは、瞑想による心身変容ではなく、そこに至るまでの「尋常ではないほどの苦しみ」がベースになっているからです。

生きることを悩み、存在することを嫌悪し、娯楽や快楽にさえ苛立ちを感じて王位を捨てて飛び出した人、それがブッダです。彼と同じだけの苦しみと嫌悪、絶望と焦燥がなければ、いくら瞑想やヨガをしても効果はない。鍋に同じ材料を入れても、それを沸騰させるだけの火力がなければ料理は完成しません。その火力が嫌悪と苦しみであり、それはその人が自分で心の中に持つしかないのです。それは行為ではなく、感情ですから。

心の中の火力。これが「信念」です。

鍋や豆腐や牛肉は、頑張れば誰にでも用意することができる。スーパーで売ってるものだからです。

特定の職業を目指したり、それに必要な知識や資格にチャレンジしたり、滝に打たれたり火渡りをしたり、そういったことも誰にでもできる。それは「行為」だからです。実際に行動する勇気があるかどうかは置いといて、「やればいい」だけのことですから。滝が怖くても誰かに背中をどついてもらえば、うっかり飛び込んでしまうこともできる。他人の手を借りて後押ししてもらえばどうにかなる程度のことなのです。

これまでの時代は、自分の人生に対して火力の弱い人たちも、そうやって他人の手を借りてどうにかこうにか、他の人と足並みを揃えてやってくることができた。とりあえず、土鍋とネギの1本くらいさえ持っていれば、あとは親切な周囲の他人が世話を焼いてあれこれ手配してくれてきたのです。

でもこれからは「火をつけて鍋を煮る」という段階に入っていくのだと思います。その火は自分の心の中にあるものしか使えないので、他人からもらうとかができない。まあせいぜい、やる気のあるテンションの高い人にくっついて影響されて、自分のテンションをいくらか上げることができる程度でしょう。とはいえ、相手の火が自分のコンロに燃え移ったりはしないので、ただの気休めでしかないんですけどね。

自分の中の「信念の火」。これをちゃんと燃やしているかどうか。火力を強め、大きな安定した炎として大切に守っているかどうか、ということだと思います。

その火が勢いを失い、消えかかっていても、あるいはすっかり消えてしまっていても、誰のせいにもできないですよ。

もちろん、それが消えてしまうきっかけになった出来事や人物というのはいるでしょう。けれども、今、自分の心の中で消えてしまっている火を再燃させることができるのは「自分だけ」なんです。

火を消すきっかけを与えた他人には、「それを誘導した」とか「示唆した」とかいう責任はあっても、その時、まんまと乗せられて火を消したのは「自分自身」だからです。点火も消化も、自分にしかできないのです。その権限は自分にしかない。だから、本当の責任は自分にあるのです。

あの時、あの人が、あんなことさえしなければ、今も自分の中にその火は燃えていたかもしれません。そうしたら、今、自分はこんなに苦しまなくてもよかったのかもしれないし、火を失ってからの人生も違ったものになっていたかもしれません。

でも、火が消えてからの苦しみは取り戻せないし、今、再燃させなければならない苦しみは誰かに代わってもらうわけにもいかないのです。

自分が火をつけるしかない。

今、自分が苦しんでいる苦しみは、自分が火をつけることでしか解消できないのです。

ガーネットは「信念の火」です。誰の心にも本来あるはずの炎。
この石に触れることで、その炎はより強く燃え上がるでしょうし、その火が弱まっている人、消えてしまっている人は「自分のあるべき姿」を思い出し、それを取り戻したいという思いに駆られるでしょう。その思いを種火にして、大きな炎を取り戻す。

冥王星やぎ座時代の2009年は、失われた炎を取り戻せるチャンスの時期でもあると思いますし、取り戻さなければならない重要な時期だと思います。

ガーネットに触れて、自分の中の信念の火というものを、もう一度改めて見つめてみるといいと思います。


  1. 2008/12/15(月) 15:19:22|
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