2月第2週(2月8日〜2月14日)
湧泉(ゆうせん)

◎
ありのまま とはどういった姿なのだろう
「これが それだ」と確認する意識は ありのまま なのだろうか
ありのまま はどこにあるのか
「これが それかも」と探す意識は ありのまま なのだろうか
◎
12サインごとの今週の占いもアップしました。あわせてご覧ください。
こちらからどうぞ。
- 2010/02/07(日) 21:28:53|
- タロット|
-
トラックバック(-)|
-
コメント(-)
2月になりましたね〜☆
そうこうするうちに、節分も立春も終わり、季節は着々と春に向かって歩みを進めているわけですが…寒いっ。今回の立春は今年一番の冷え込みとなったそうで、年を取りますと寒さが足腰にマジで堪えますので、早く春になってほしいものです。
とりあえず節分の「まるかぶり」はぬかりなく行いましたが、今年は海鮮巻きにしてみました。巻き寿司美味しいです。一年の福がどうこうじゃなくて、ただ単に寿司が食べたいだけなんじゃないのかっていう気もしながら、完食いたしました。スイスロールのまるかぶりをしてみようかとも思っていたのですが(実はかなり真剣)、胸やけするのは確実なのでやめておきました。年を取りますと胃腸の回復にも時間がかかるようになりますので、(^^;
◎
話は変わりまして。
2009年は木星・海王星・キロンの合によって「セルフヒールド(自己治癒)」のエネルギーが作られ、トラウマや心の傷の回復みたいなことがひとつの大きなテーマとなった年でしたが、そのアスペクトも今年1月下旬に終了し、全体の流れもいよいよ新たなものへと変わり始めている感じですね。
トラウマや心の傷って、「記憶」というものがなければ生じないものなんですよね。
忘れたくても忘れられない痛み。よみがえる屈辱や怒り、悲しみの苦しみ。人が「心の傷」と呼んでいるものは、自分の記憶の再生と、それを鑑賞する時に味わう苦しみなのだと思います。
みなさまは小学校や幼稚園の頃のことをどれほど正確に覚えているでしょうか。ひとつふたつ、印象的な場面があって、その時の友だちのセリフや風景だけが切り取られたように鮮明なのではないでしょうか。
また、それ以降の記憶にしたって、毎日いろんな人といろんなことをしていろんな出来事が起きて、そういう繰り返しが過ごしてきた年数×365日分あるわけで、実際にはきっと、「覚えていないこと」「忘れてしまったこと」の方がはるかにはるかに多いのではないかと思います。
私も時々、学生時代の友人や勤めていた会社の同僚や先輩のことを思い出すのですが、その当時、一緒に過ごした人は数十人にもなるのに、たいてい思い出すのは決まった数名で、他の人たちについては、個別に記憶をたどるとそれなりに思い出があるし、顔も名前もちゃんと覚えているのですが、よっぽどのきっかけがない限り思い出さないし、思い出したところで感情がリアルに揺さぶられるなんていうことも、まずありません。
その方が亡くなった、ということにでもなれば、死がもたらす惜別感で悲しみや懐かしさでいっぱいになるのでしょうけれど、そうでもないかぎり、過去の人たちというのは、「フラットな状態」で保存されているような気がします。
それに対して、何か特別なトラブルがあった相手のことは、似たような出来事や、それを連想させるような何かを見ればすぐに思い出してしまうし、その時の悔しさや、その後しばらくひきずった後悔や、相手に対する怒りなども「今、ここで起きているかのように」感じてしまうことがあります。
挙句の果てには、あの時に戻ってやり直せるなら、こうしてああして絶対に失敗しないぞ、とか、せめてあの時、あの人にひとこと言ってやればよかったなんて思って、そのセリフを考えてみたりするわけです。
そんなことして何になる〜☆ ┐(´々`)プ┌=3 なわけですが、いつのまにかそんな妄想を始めてて、ふと気付く時にはすでに終盤だったりするわけです。自動再生なんですな。
それで、そうやって記憶を再生し、リアルに感情を揺らして苦しむ過去と、思い出したところで全くフラットに流すことのできる過去の違いっていったいなんだろう…と思いました。
まあ、ただ自分がこだわって苦しんでいるだけで、こだわっているものとそうじゃないものがあるということだといえば、そうなんですけど、なんというんでしょうかね、ふと「私が苦しんでいるのは感情ではない、記憶だ」と思ったわけです。
記憶とは、過去のデータを「巻き戻してみる」という頭の行為です。
感情とは、今体験していることを「どう感じたか」という心の反応です。過去の記憶に対しても、「感じる」ということはありますが、それはトラウマのような苦しみではなく、もっと静かで穏やかな、しみじみとした感慨のようなものです。せつなさとか懐かしさのような静けさです。
それに対して、トラウマを思い出す時の苦しみは、嵐のような激しさがありますよね。そしてどうにかして「過去を取り戻したい、なかったことにした、やり直したい」などと考え、それによってさらに強く苦しむのです。
それは、その出来事が自分の中で終わっていないから、だともいえますが、実際の時間軸上では「すでに過去のこと」。自分の目の前から過ぎ去って消えてしまったものなのです。それがなぜ終わらないのか。
それは、自分が終わらせていないからですよね。そして、時間軸を無視してそんな芸当ができるのは、頭・心・身体の中では「頭」だけです。
身体は昨日の胸やけを今日苦しむことはありません。昨日は寝込むほど体調が悪くても、回復すればいつもどおりの穏やかで心地よい状態で平常運行します。昨日の不調をひきずってビクビクしながら鼓動する心臓などないはずです。
心も、過ぎ去ったことをリアルに恐れることはできません。心が過去に対してできることは「ああ、怖かった」という回想と安堵で、昨日感じた「死ぬかもしれない」という感情のリアルさを、正確に再現することはできないのです。
私は、過去に対する自分の気持ちを眺めていて、「ようするに、チャンスがあるなら取り戻し、チャラにして、傷つかない自分に戻りたいのだな」と思いました。
トラウマを苦しむ「心の叫び」とは、「無傷だった時の自分に戻りたい」という「頭の叫び」なのではないかと思いました。
傷口が今も痛いのではない。傷を治したいわけでもない。今ここに傷跡があるのが許せないのです。
たとえ傷口がふさがってきれいに治ってしまったとしても、一度でも傷を受けたということが許せないのです。
けれども、無傷だった時の自分に戻ることなどできないし、どうすることもできないのです。
その時、頭はどうするか。
自分の苦しみを「何かものすごいもの」に祭り上げ、「トラウマ」などと名付けて特別扱いし、そこにこだわることを正当するか、逆に、「壮絶体験をしたワタシ」として武勇伝にし、勲章として自慢のアイテムにするか。まあそんなところです。
頭って本当に馬鹿で卑怯ですね。
心も身体も、過去を過去として終わらせて、今と、そこから続く未来をきちんと大切にしているのに、頭ときたら、本当に困ったものですな。それでいて、「自分」というものを支配し、管理しているのは俺様だ!とか思っているわけです。
おめでたいことこの上ないです。
- 2010/02/05(金) 09:52:46|
- 雑記|
-
トラックバック(-)|
-
コメント(-)
2月第1週(2月1日〜2月7日)
焔(ほむら)

◎
それに火をつけたのは自分
それならば
それを燃やし尽くすまで見届けるのも 自分であるべきだ
◎
12サインごとの今週の占いもアップしました。あわせてご覧ください。
こちらからどうぞ。
- 2010/01/30(土) 07:07:56|
- タロット|
-
トラックバック(-)|
-
コメント(-)
ところで、2月の石は「レモンクオーツ」と「アメジスト」です。
2月の石たちを使った新作は、
1月30日(土)21時より、ショップにて販売予定です(^^)

2007年の夏頃から、「今月の石」ということで毎月、その時々のテーマストーンを取り上げてご紹介してきましたが、今年は雪の石オリジナルカードの「12の季節サイクル」に沿って、各カードのテーマストーンと、ついでに伝統的な誕生石を合わせて取り上げていこうと思っております。
それで、テーマストーン&誕生石のまとめページを作りたい…と思いつつ早1ヶ月。1月の石として取り上げた「クリアクオーツ&ガーネット」は年末年始にはさまれてマルッとスルーされてる感じで(^^;どうもスミマセン。そのうち作る予定です。なんとか年内には。(って、目標低っ)
12の季節サイクルは、占星術でいうとハウスやサインにあたるもので、私たちが生きているこの世界を単純に12分割し、その時期の風向きや気候を理解しながら、それに沿った活動や生き方を探るためのものです。ま、暦のようなもので、晴耕雨読的な感じですかね。
その中で2月(=2番目)に当たるこのカードです。
灯火(ともしび)

◎
レモンクオーツはシトリンと同じく「黄色みを帯びた水晶」ですが、その発色要因が異なっていて、硫黄によるものです。
シトリンはアメジストと同じ鉄イオンによる発色のため、このふたつは共生しやすく、「アメトリン」になるわけですね。…って、もちろん、石屋さんからの受け売りですから、私が頑張って学んだ知識ではありません(^^;でも、同じ「黄水晶」でもレモンとシトリンでは色合いが微妙に違うのは気のせいではなく、物質的なものが原因だったのですねー。やはり、「違い」というのはそういうものなのかも。
それで、レモンクオーツは色合いに「苦み」がありますね。ダークグリーンかブラウンが微かに混ざっているような、そんな風合いがあります。
シトリンと同じく、風の性質を持ちながら、「ただ通り抜けていく」のではなく、レモンの果汁のような「確かな後味」を印象的に残して去っていく。そんなタイプの風です。それは、「春の気配」を感じ取ってしまった花や草木が、それを無視することができないように、レモンクオーツが残していった「それ」は、目を開けて起き上がり、窓を開けて新鮮な外気に触れるという行為へと、人を促します。
カード「灯火(ともしび)」自体は火の要素を持つエネルギーですが、この火を灯すのは、風の力なのだと思います。
風はきっかけをもたらし、気づきを促すだけ。それによって自分の中に火をともし、アクションを起こしていくのは人の仕事なのです。
◎
そして、伝統的な2月の誕生石はアメジストです。
誕生石の起源や由来についても、私のわかる範囲で検証して何か記事を書きたいと思っていますが、それもまあそのうち(^^;とか言ってるうちに、何も書けないまま終わるってこともありえるので、あまり期待しないでくださいませ(弱気)。
アメジストは、海王星に関連する石で性質は「水」ですね。水というよりもオイル、油かもしれません。 なめらかで繊細、目に見えないものを「感覚」でしっかりと捕えるきめ細やかさがあります。
けれどもそれを「目に見えるもの・形あるもの」に変換する術はなかったりするので、予感が予感のまま、空気が空気のまま、漠然としたまま掴み続けることになるのです。それを頑張って形にするのが芸術家という人たちですが、それでも、自分が最初に垣間見たものを忠実に再現しようとすればするほど、それは抽象になっていくというジレンマがある世界だと思います。
そして「目に見えないもの」を捕える、掴むというのは、実はとても孤独な作業で、自分が見ているものを誰かに確認する方法がなく、とにかく「自分自身の感覚」を信じるしかないのです。
それは、吹き抜けた風が残していった「何か」を感じ取り、自分が何をすべき時なのかを直感で理解するという、レモンクオーツがもたらしたものとの関わり方と似ているような気がします。
12の季節サイクルのカードによるテーマストーンは、「その時期の風向きや波に乗ろうとするチャレンジ」をあらわし、伝統的な誕生石は、その月生まれの人が生まれ持つ性質にリンクし、自然な形で引き出し、輝きを強めるものではないかと思います。また、他の月生まれの人たちにとっては、「2月生まれの人に与えられているもの」に触れることのできるアイテムとなりそうですね。さらには、海王星があらわす芸術性やインスピレーション、神秘性といったものに対して、自分なりの理解と解釈を深めることに役立ってくれるように思います。
- 2010/01/28(木) 07:05:08|
- 石のこと|
-
トラックバック(-)|
-
コメント(-)
そういえば先日2月の占いをすでにアップしておりました。
こちらです☆告知するのを忘れていましてスミマセン。近頃はだいぶ老化が進んでいるようで、いろいろなことを忘れがちだし(^^;わりと「実に気持ちよく忘れている」ということも多くて、そんな自分にびっくりです。
びっくりといえば、2010年が始まってまだ1ヶ月も経っていませんが、すでに今年のびっくりニューストップ10に入るかも!と思ったことがありました。
1.ドラマ「BOSS」に出ていた刑事役の人が伊東四朗ではなかった件
2.ビヨンセが「ビ・ヨンセ」という韓国人ではなかった件
くだらなくてスミマセン。
◎
それはともかく、先日「今週の占い」で、アトピーの話ですが、「私も実はそんなことを思っていました!」という反響をいただきまして、ちょっと驚いております。まあまた気が向いたら…と軽く考えていましたが、また近いうちになんとか記事にしたいと思います。
あとですね、これは私事ですが、ぜい肉!!これの意味(自分にとっての)もなんとなくわかってきたことがあって、
これは「心の冷たさ」みたいなもののようです。
脂肪というのは、筋肉とちがって「冷えた固まり」です。まあ、脂肪によって外側からの冷えを遮断するという、断熱材の役割もしているようですが、脂肪自体は冷えているものです。
体の冷えというのは、運動不足や食べ物(体を冷やすものを取り過ぎる)が原因のようですが、本当に冷えているのは体ではなく、「心」なのではないかと思いました。その結果として「冷えた固まり」が作られてたりするのではないかと。
体を温めるものを取る、冷やすものを極力避ける、という努力をしても、もしもぜい肉が「心の冷えを表すもの」であるならば、その努力はいたちごっことなるだけかもしれませんね。なんてなことを思いました。
- 2010/01/27(水) 08:02:43|
- 占星術|
-
トラックバック(-)|
-
コメント(-)
1月第4週(1月25日〜1月31日)
Emmy(エミィ=暴食)

◎
暴食の果てに行きつくところ
それは 適切に食べるという行為
つまり 普通になる ということで
特別を求めるから 心は飢えるのだ
◎
12サインごとの今週の占いもアップしました。あわせてご覧ください。
こちらからどうぞ。
- 2010/01/23(土) 07:01:38|
- タロット|
-
トラックバック(-)|
-
コメント(-)
みなさま、こんばんは。
今年の福袋も大寒の20日を持ちまして終了とさせていただきました。先日は非常に暖かな大寒でしたね〜。あと2週間ほどで立春ですが、本当の寒さはそこからだったりして(^^;
まあでも、福袋の販売が終わるとお正月気分も完了し、通常営業に入ったなーと実感しますね。あとは、「2010年大予想」の受付が31日までとなっておりますが、こちらも来年からは大寒までにしようかと考え中です。
◎
二十四節気というのは非常に便利なものですよね〜。特に自営業になってから、自分でスケジュールを立てないといけないことが増えたので、そう思います。
若い頃は「なんでもかんでも決められてしまうのって息苦しい、自分で好き勝手にやりたい」と思うこともありましたが、いざ「好き勝手できる環境」になってみると、「一から自分でやらなければならないしんどさ」というのが予想以上だったりして、「決められた中で、その枠を守りながら、その枠の限度いっぱいまでを自由に使う」ということができればそれでいいし、そういうことができないうちは、枠があってもなくても、結局は「たいしたことはできない」という結果に終わるんじゃないかなーと思いました。
かといって今「たいしたことができているか」と言えば全然そうじゃないし(^^;まあ、身の程を知ったということですかね。広大な自由を求めたところで、そこを走り回れる力量がないのなら、四畳半の狭い中で座ってる方がまだマシかも、ってことです。力量もないくせにむやみに走りまわれば、人や物にぶつかったり、挙句の果てに倒れこんだりして、まわりが迷惑するだけですから。
- 2010/01/22(金) 17:41:24|
- 雑記|
-
トラックバック(-)|
-
コメント(-)